ライブチャットの神様

2020年、とある新型ウィルスが猛威を振るったのは記憶に新しい。

前代未聞の未知のウィルスに世界中が不安に包まれたよな。

日本政府は緊急事態宣言を発令し、不要不急の外出を控えるように呼びかけた。勿論、接客業や飲食業は大打撃を受けて、特に仕事内容が蜜蜜蜜な風俗業なんて目も当てられない異常事態となった。

そんな中、俺がスタッフを務める業界は大バブルを迎えていた。ライブチャットだよ。アダルトの。分からない人にどんな仕事なのか説明すると、パソコンとかスマホ上で女の子が服を脱いでエロいパフォーマンスをするんだ。

とにかく俺たちの業界にはお店が休業したキャバ嬢とか、稼げなくなった風俗嬢が大量に流れてきた。

今までいた女の子とはまた違う雰囲気の女の子が沢山入ってきた。特に水商売の女はルックスがよくて、コミュニケーション能力も高いから重宝される。大手の代理店にはレベルの高い女が多数入店し、業界は一気に盛り上がった。

「チャットレディ戦国時代」と言っても過言ではないと思う。

俺が働く代理店は小規模だ。だから高ランクの女たちから見たら魅力が無いようだ。まあ、貸衣装もないし、日払いもできないし。

しかし、毎日のように女の子が面接にきた。どの子もみんなパッとしなかったけど。

だが女の子が沢山揃うのは良いことなので、俺たちの代理店もしっかりと新型ウィルスの「恩恵」を受けたことになる。

うちの代理店には「百合」という30代のこの道10年の大ベテランのパフォーマーがいる。彼女はうちの売り上げを支えている。エースってやつだ。

正直言ってルックスもスタイルも良くない。しかし抜群に愛嬌があって、頭の回転の速い。特にアダルトパフォーマンスの才能は群を抜いていた。

服を脱ぐタイミングや見せ方、何よりモテない男が喜ぶ言葉や態度をよくわかっている。百合が待機を開始すれば、5分とかからずチャットに繋がった。

まあ、それは百合が惜しみない営業努力をしているからだ。接客が抜群にうまいだけでなく、マメで真面目な百合はチャット開始前、終了後は必ずユーザー全員にメールをしていた。しかも、一人一人に合った文章を丁寧に、でも楽しそうな自然な文章で送るのだ。

こんなことなかなかできないだろ?俺はできない。

しかし、そんな百合も大量に流れ込んできた美女軍団に埋もれてしまった。

「一時的なものだよ」って俺たちは百合を励ました。

百合も初めは気丈に振る舞っていた。しかし、百合の待機時間はどんどん増えていった。天才で努力家の百合が待機地獄に陥っている。これこそ緊急事態宣言だ。

これには流石に百合も答えたようだ。ある日百合は、サイト上に待機している他のパフォーマーの顔面レベルの高さに落ち込んでしまった。

百合の外見を揶揄するクソみたいなユーザーも最近増えた。百合の個人売上はどんどん落ちていった。

売り上げの悪い女は必要ない。でも俺たちだって鬼じゃない。百合は必ず復活すると皆信じていた。

次の日、なんか、すごい美人が出勤してきた。うちの代理店にこんな美人は面接に来ない。ぽかーんとしている俺に美女が口を開いた。

「ねえ、私綺麗になったでしょ?」

百合だった。声と仕草と雰囲気ですぐにわかった。

「え…百合ちゃん!?…すごく綺麗!でも…どうしたの?」

困惑する俺に百合はとんでもないことを言い出した。

「実はライブチャットの神様が現れてさ〜、私を綺麗にしてくれたんだ〜」

どうしよう。病みすぎて頭がおかしくなってしまったらしい。しかし目の前にいる美女は間違いなく百合なのだ。これは整形ではない。だって昨日まであの顔だったのだから。

「私さ〜、新しく参入してきた女たちに本当にカついててさ〜。毎日新しく入ってきた女みんないなくなれ!って思ってたんだ」

気持ちはわかるけど、怖いよ、百合ちゃん。

「そしたら、ライブチャットの神様が出てきてさ!私を綺麗にしてくれたってわけ!私の憎しみが強かったから気持ちが届いたんだってー!」

もうわけがわからない。

こうして「新・百合」が誕生した。美しく生まれ変わった百合の活躍は物凄かった。元々この業界に向いていて、センスも勘も抜群なのだから当然の結果だろう。

そしてお馴染み、ネット掲示板では突然変身した百合について様々な憶測が飛びかった。

『百合、整形した?』

『整形だったらダウンタイムがあるだろwwwww』

『鼻とかにティッシュとかいれて、頬テープで釣り上げてんじゃね?』

『でもどこから見ても自然だよな。まあ、前の芋よりは全然いいわ。接客態度いいし、愛嬌あるし』

言いたい放題のユーザーたち。しかし、百合はモテない上に性格の悪い男たちの接客がうまく、チャット中、誰にも顔の変化に触れさせなかった。

アダルトパフォーマンスもどんどん向上していった。百合はライブチャットの頂点に立った。

そして2020年5月、緊急事態宣言が解除された。

ライブチャットって風俗と違って客に触れないから楽な仕事だって思うだろ?でも思ったよりも精神的にキツイ仕事なんだよ。

どんな事がって?本当はスタッフの俺が言っちゃいけないけど、とにかく客がキモい。倫理観がぶっ飛んでて、女の子の事を人だって思っていない。それにモテない男の相手って大変だろ?言ってることズレてるし、だからすげーストレス溜まるんだよ。

それに、ライブチャットってヘッドホンしてるんだけど、ダイレクトにキモい男の声が耳に流れるんだぜ?これが無理だって言って入店したはいいけど女の子がすぐ帰っちゃうなんてことも定期的にある。

ということもあってか、新しく参入した美女たちはどんどん元の場所に戻っていった。そりゃあチー牛の接客より、金持ちの男の接客した方がいいって俺も思うよ。

まあ、一度盛り上がったものはいずれ下火になる。よくある事だ。俺たちはただ、毎日パフォーマーの管理をし、彼女らが働きやすい環境を提供するのみだ。

そしてうちには最強のパフォーマー、百合がいる。

はずだった。

百合の覇気が急になくなった。

ユーザーとの会話中も自分の顔を画面上で確認して、怯えている。俺たちは嫌な予感がしていたけど、それを言葉に出してはいけないって雰囲気だったのに

チャット中、ユーザーがこんな言葉を発した「ねえ、百合ちゃん。顔、元に戻ってきてない?」

スタッフも感じ取っていたんだよ、この変化。

つ  か  空  気  読  め  よ

それからライブチャットのユーザーらは百合の顔が元に変化していくのを見届けようと大いに盛り上がった。百合が待機をするとすぐさまチャットが繋がり、何人もののぞきがつく。

「百合ちゃん、24時間待機して顔の変化見せてよ!」

「顔が元に戻る瞬間にイクとこみたいな〜」

「電マ当てながら、私は元ブスに戻りますって言ってよ!」

クズどもが百合に群がり次々と心ない言葉を浴びせる。俺は新型ウィルス後から客層の変化を感じていた。もちろん悪い方だ。

しかし、皮肉なことに百合の接続率は凄まじく、連日上位を占めていた。

うちの代理店に再びバブルがやってきてしまった。

ある日百合は、ライブチャットのユーザーたちのあまりの暴言に耐えられなくなり画面上で泣き崩れた。その瞬間、百合の顔が完全に元に戻った。

クズどもが歓喜の声をあげ、チャットは大いに盛り上がった。

「顔アップにして!」

「ピースしてアヘ顔して!」

画面上とはいえ、目の前で人が泣いているのに誰も心配したり、止める人間が1人もいない。ユーザーも。そして俺たちスタッフも。

耐えられなくなった百合はチャットから自らログアウトした。チャットルームからは泣き叫ぶ声がずっと聞こえた。

それからどうなったかって?百合はまだチャットレディを続けているよ。

ただ、「百合」としてではなく、また1から違うキャラクターを作り直した。百合の心情を考えた俺たちの判断だった。百合は顔を出さないパフォーマーとなった。

でも百合はやっぱりチャットレディの才能がある。顔を出さなくなってもちゃんと客を掴んでいる。

そんなに接客が上手いなら他の仕事もいけるでしょ?って思うだろ。俺も同じこと思ったけどダメなんだよ。百合みたいな女は社会に馴染めないから、うちみたいな業界でしか働けない。

世の中には、類まれな才能の持ち主なのにそのほかがダメでプラマイゼロどころかマイナスになっちまう奴がいる。それが百合みたいな奴。

スタッフの間で、今回の一連の出来事はなかったことになっている。百合には何事もなかったように接している。

今までのことを話したりしたら、百合が壊れてしまいそうだから。いや、元々もう壊れているのかもしれないけど。

そんな女で稼ぐ俺も壊れてるんだよな。

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