短編ホラー小説 淑女の家

プロローグ

私はここにどれくらいいるんだろう。今がいつで、夏なのか冬なのかもわからない。

毎日お母さんが食事を持ってきてくれるけど、味も良くわかんない。

ここに来る前はどこか、騒がしい場所にいたような気がするけど、よく思い出せない。

でもそんな事はどうでもいい。私にはおばあちゃんがついていてくれているから。

田舎

私の実家はド田舎。東京から電車で3時間くらいかかるし、近くのコンビニまで車で20分もかかる。夏はカエルがうるさい。冬は雪が1mも積もる。それでも地元の電車は動く。嫌になっちゃう。

私はずっと東京に行きたかった。必死に親、特にお母さんを説得して、東京で就職先を見つけた。私は東京での生活を勝ち取ったのだ。

自分でもよくあのお堅いお母さんを説得できたと思う。派手な女が大嫌いで、東京で働く=やましいことに私が染まることだと思っている。

「この家の娘として恥ずかしい真似は絶対にしないで」私が家を出る時、お母さんは私に向かってこう言った。

お母さんの言いなりのお父さんはずっと黙っていた。おばあちゃんは泣いていた。

東京

就職先はアパレル。私は東京に出てくればSNSに出てくるインフルエンサーみたいにキラキラできるって思っていた。でもそれは勘違いだった。

先輩はもちろん、同期も特に美人ではないのにおしゃれで垢抜けている。アルバイトの学生まで可愛い。私は服に着られているみたいだし、化粧もなんか浮いている。

飲み会で先輩から「この子は田舎からきたばかりだから」ってバカにされた。悔しくて悲しくてその場で泣いてしまった。

その日から必死にメイクやファッションを勉強した。先輩たちに頭を下げて、いろいろ教えてもらって、SNSだって毎日更新した。地方都市のお店を何軒か回ったあと、私はやっと都内のお店に店長として就任した。

努力が認められたのだ。私が上京して5年が経過していた。

母からの連絡

ある日、実家の母親から連絡がきた。

「お父さんがいなくなった」

忽然と姿を消してしまったらしい。

あまりにも突然の連絡に私は実感が持てなかった。婿養子のお父さんはお母さんの言いなりで、家出なんて出来る行動力がある人には思えない…。

私は会社に事情を話し、休暇をもらった。私から話を聞いた会社の人たちの方が慌てていた。

帰省

上京してから初めの方は実家に帰っていた。でもどんどん服装や髪型が派手になっていく私へのお母さんの目が怖くて帰るのが億劫になって気がついたらもう3年くらい家に帰っていなかった。

私の実家は地元ではいわゆる旧家で、昔はだいぶ栄えていたらしい。

確かに家というより、屋敷って言葉の方がしっくりくる。

中でも異質なのは銀行にあるような大きな金庫室がある所。金庫室は暗くて広くて、天井も高い。夏でも空気がひんやりしていて、じめっとしていて苦手だった。私はこの金庫室が大嫌い。

でもその金庫にもしかしたらお父さんの失踪の手がかりになるものがしまってあるらしいから探すの手伝えってお母さんにに言われたから、私は金庫室に入らざるおえなかった。

金庫室の中はカビ臭い。古い誰のものかわからない衣類や茶色くなった書類が沢山ある。

高そうな腕時計なんかもある。

何となく視線を感じて振り返ると日本人形がいた。こっちを見ているみたいで気持ちが悪い。

そしてなぜか、奥には古い紫色の布団が敷いてある。だいぶ古いし汚い。どうして捨てないんだろう…。

この金庫室に小さい頃、お母さんに怒られた時に閉じ込められた。だから、私はここが大嫌い。怖くて泣いていたらおばあちゃんが抱きしめて「よしよし。いいこいいこ」って頭を撫でてくれたっけ…。

あれ?そういえばおばちゃん、何で私と一緒に金庫に入っていたんだろ?

ちょっと待って。何か思い出しそう。

でも、思い出したらいけないって私の本能が警告を出し始めた。

思考と本能が喧嘩してる。私はその場に立ち尽くした。思考が本能を無視する。いけない、いけないとわかっていても思考の暴走を止められない。

そして私はついに思い出してしまった。私はおばあちゃんを金庫室でしか見たことがなかった。

呼吸が荒くなって、肌寒いのに汗が吹き出した。

「天井を見てみなさいよ」

後ろから急に声がした。ドアの前にお母さんが立っていた。

座敷牢

お母さんは金庫室に入り、分厚い鉄のドアを閉めて、しっかりと施錠をした。

私の体から危険を知らせるサイレンが鳴り響いた。でも、もう手遅れっぽい。

そして私は天井を見る。お母さんから言われた通りに。

高い天井に、お父さんがいた。いや、正確にはお父さんだったもが、天井から吊るされていた。

「お父さん、浮気をしていたの。」

気だるく話すお母さんの声を聴きながら、私は突然意識が遠くなった。

気がつくと、私はあの古い紫色の布団に寝かされていた。カビ臭い。ひどい匂いだ。布の肌触りも嫌だ。

そして、枕だと思っていたものが、人の膝なことに気がついた。

お母さんが膝枕をしながら私の頭を撫でている。そしてまるで子供の時、私に本を読み聞かせてくれていた時のように語りかけてくる。

「お父さん、お母さんを裏切って、ずっと浮気していたの。本人は純愛だなんて言うけど、不貞行為だわ。あんたもあんたで東京に行って仕事ばかりして連絡してこないし、誰にも相談できなくて、我慢できなくて、こうするしかなかった」

ーお母さん、1人で悩ませてごめんなさい。

私は何故か声が出なかった。

でもお母さんは話を続ける。

「ここは金庫室だなんて名前だけ。昔からうちで悪いことをした人を閉じ込めておく座敷牢なの。特に不倫とか異性関係でやらかした人は厳しくやっちゃっていたみたいね。あんた、お母さんの言いたいことわかる?」

私は絶望した。布団の冷たくて嫌な匂いがより一層鼻につく。私はとてつもなく嫌な予感を感じていた。

「あんたさあ、東京でお母さんに内緒で会社とは別の仕事していたでしょ?」

キラキラするために必要なお金

私は、東京でギャラ飲みの仕事をしていた。会社の給料は20万円くらい。そんなんじゃあ生活費とか家賃で無くなってしまう。でも、体を売ったりはしていない。

ーごめんなさい。会社のお給料だけでは生活ができませんでした。でも、売春とか愛人とかはしていません。

「そう言う問題ではないの。この家の女は淑女じゃないとダメなの。あんたはうちの規律を犯した。もう外には出せない」

絶望が込み上げて叫びたくても声が出ない。

お母さんは思い出したように話した。

「でも【あの人】は、仲間が増えてよかったんじゃない?」

ー【あの人】って?

「あんたよく小さい頃面倒見て貰っていたじゃない。あんたが怒られてここに入れられた時、一緒にいてくれたお婆さんよ!その度にお母さん、【あの人】お供えしてたんだから」

ーお供え?

私から流れる冷や汗で紫色の布団がぐっしょりと濡れる。

「【あの人】はあんたの、ひいおばあちゃんに当たる人!不倫して罰としてここに閉じ込められた。何年も閉じ込められて、あっという間に老け込んで死んじゃったんだけど、何でかわからないけど成仏しないでずっとここにいるの」

ーつまり幼少の頃、私の頭を撫でていてくれたおばあちゃんは、もうこの世の人ではなかったのだ。

お母さんは笑顔で言った。

「【あの人】、あんたが来て凄く喜んでるよ」

お母さんがそう言い終わった瞬間、痩せた白い手が勢いよく私の頭を掴んだ。

「よしよし。いいこいいこ」

【あの人】の声が頭の中に響いた。

エピローグ

田舎の中年女たちが、この土地に代々伝わる旧家の方を見ながらヒソヒソと噂話をしている。

「そう言えば、あの家のご主人、最近見ないわね」

「そういえばそうね。あ!あと、お嬢さん東京から帰ってきたんでしょ?仕事頑張っていたって聞いたけど」

「それが、仕事だけじゃ稼げなくて、男の人とお酒飲んでお金もらうなんて事もしていたみたいなのよ」

「あんた、何でそんなこと知ってるのよ」

「うちの娘が言ってたのよ。カバンとか、アクセサリーとか普通の会社員のお給料では買えないようなブランド品をインターネットにあげていたんだって」

「あら。今流行りの、何ちゃら飲みってやつね。あのうちの奥さんそうゆうの厳しいから連れ戻されたんじゃないの?」

「それが、お嬢さん、今精神壊して寝たきりで会話とかトイレなんかも自分で出来ない状態みたいなのよ。奥さんがおむつ買い込んでいるの見たわ。若いのに可哀想よね」

「一体、何があったのかしら」

その時、家の玄関のドアが開き、噂の的になっている主婦が姿を現し、中年女たちを無表情で見下ろした。

中年女たちはわざとらしく主婦に笑顔を向け会釈をし、いそいそと帰って行った。

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